• 5号READ特集
    「笑顔の花、咲いた」

    ”和ばら”を見たことがありますか? もし、未体験ならぜひ一度、 そのしなやかな茎をもち、花弁を愛で、 顔を近づけてみてほしいのです。 そのふくよかな、澄んだ香りを胸いっぱいに吸い込んだら、 誰でもかならず恋に落ちてしまう 今回の特集は、そんな魅力に満ちた和ばらの世界に みなさまをご案内させていただきます。

  • 滋賀県守山市にある 「ROSE FARM KEIJI(ローズファーム ケイジ)」。ここで、國枝啓司さん、健一さん父子が生み出し、 育てているオリジナル品種が「和ばら」です。 ばら作家の父・啓司さんが目指しているのは、 庭先に自然に咲くような、力強く生きるばら。 5月にはあでやかな花が咲き、 風に揺れると、豊かな香りがふんわり漂うーー 「10年前までは、普通のばら農家だった」 という啓司さんが和ばら作りを始めたきっかけは 息子・健一さんの思ってもみないひと言でした。 父が育て、息子が名付けて送り出す 限りない美しさと生命力に満ちあふれた花々は ばらの愛好家やフローリストはもちろん、 日本で、世界で人々を笑顔にし始めています。

  • (プロフィール)
    國枝啓司(くにえだけいじ)/ばら作家。
    1956年滋賀県生まれ。20才でばら栽培の仕事を始め、ヨーロッパ研修で学んだ技術によって育種も手がける。2003年1月、「ROSE FARM KEIJI(ローズファーム ケイジ)を設立。代表作として皇太子殿下と雅子妃殿下ご成婚を記念した「プリンセスマサコ」ほか、これまでに45種類の和ばらを発表。
    國枝健一。
    1981年滋賀県生まれ。50年続く切り花用ばら農家に生まれ、幼少期からばらとともに生活する。2006年<Rose Farm KENJI(ローズファームケンジ)>に就農。父が生み出すオリジナルローズを「和ばら」(商標取得済)と銘打ち展開する。「『世界で一番幸せになるばら』を育てる」を農園理念に掲げ、栽培・販売のほか、農園ツアーや全国でのイベントなども精力的に行う。
    HP
    http://www.rosefarm-keiji.net/
  • ーー土に咲くばらに、ひと目惚れ

    (SHIMICOM、以下S)和ばら誕生のきっかけを教えてください。
    (健一さん) 國枝家は祖父の代からのばら農家です。父はその一部を受け継いで、僕が生まれたのとほぼ同時に独立しました。ですから、僕で3代目ということになります。でも僕には、家業を継ぐつもりは全然なくて、東京でサラリーマンになったんです。 ところがサラリーマン生活がどうも肌に合わなくて、自分で何か事業を始めたいと思い、その準備をする間、実家に戻っていました。その期間にたまたま、園芸イベントを手伝っていたら、ある農家のばらにひと目惚れしてしまったんです。そのばらには、何とも言えない存在感があって、ばら作りをする気などまったくなかった僕が見ても、うちのばらとは何かがまったく違っていました。それが“土耕栽培”※1のばらだと知ったとき、僕はすぐ父に、「うちでもこんなばらを作りたい」と言ったんです。

    ※1・・・土を使って作物を育てること。。

  • (S)それまで作っていたばらと、土耕栽培のばらの違いは?
    (健一さん)当時のうちを含め、多くのばら農家では、土の代わりに、化学肥料を溶かした水を使う「溶液栽培」でばらを生産しています。栄養たっぷりの水で育てますから、茎も太く、大輪のばらができますし、収量も安定するからです。 土耕栽培で育つばらは、土にしっかりと根を張って、自分の力で栄養を吸収して成長しようとします。ただ、溶液栽培のものに比べれば、茎は細いし、大きさにもばらつきがあります。でもその代わりに、のびやかな生命を感じさせるような、健やかなばらが育つんです。 今、僕たちが採用している土耕栽培では、自然の土を使うのはもちろんですが、化学肥料は一切与えず、土の中の微生物の力を借りてばらを育てています。 土の上を歩いてみてください。ふかふかしていて、足を跳ね返すような弾力があるでしょう? 農場見学にくる方もかならず、「うわぁ!」と声を上げて驚かれますよ。
  • 夢見たばらを追いかけて

    (S)健一さんから、ばらの仕事をしたいと聞いたときのご感想は?
    (啓司さん)本当に驚きました。そもそも私は健一に「跡は継ぐな」と言っていたんです。どんな仕事でも、好きでなければ努力はできないものですから。それでも健一は、「新しいやり方でお客さまを満足させることができれば、きっと道が開ける。自分はそんな仕事がしたいんだ」と言いました。 その話を聞くうちに、ふと「土耕栽培なら私の理想のばらができるかもしれない」という考えが頭をよぎりました。実はこの仕事を始めてからずっと、理想としているばらがあります。それは、庭先で健気に生き、のびやかで生き生きとした花を咲かせるばらです。そこで息子の提案通り、思い切って土耕栽培に切り替えることにしました。結果は、大成功。それまでは、毎年1種いいものができればよいほうだったのが、土耕栽培に切り替えてからは、9年間で45品種もの和ばらを送り出すことができました。
  • (S)これまでに作った中で、とくに印象的なばらは?。
    (啓司さん) 私たちが作る和ばらの原点となったのが、「てまり」と「京(みやこ)」です。 「てまり」は、まさに鞠のようにふっくらとした中輪のばらで、とくに夏はまん丸の花を咲かせます。優しいピンク色で、しっとりした和の雰囲気が感じられませんか? 開くにつれて、中央から放射状に広がる、優雅なロゼット咲き※2というタイプです。 「京」は、舞妓さんの髪飾りをイメージして名付けました。フレッシュなピンクで若々しく、可憐な中にも個性がきらめくようなばらです。 私たちの和ばらはどれも花弁が多いのが特徴で、1つの花で約150枚ほど※3。それに、品種ごとに香りもまったく違うので、ひとつひとつ、嗅ぎ比べて楽しむ方も多いんですよ。

    ※2 多くの花弁が密集し、開花したときに花の表面が平らになる、豪華な咲き方。

    ※3 花弁数は種類で異なり、一重咲きで5枚、半八重咲きで6?19枚、八重咲きで20枚以上。一般的なばらで40?50枚程度とされる。

  • ばらの名前

    (S)和ばらには、どれも素敵な名前がついていますね。
    (健一さん) 花に名前があり、ストーリーを知ってもらえれば、お客さまにもより親しみをもっていただけるのでは、と考えて、新しい品種ができるたびに、名前をつけることにしました。 僕には子どもが3人いますが、長男が生まれたときに、完成したばかりの新しい品種をベビーベッドの枕元に飾ったら、ふと「葵」という名前がひらめきました。それで、息子の名前もばらの名前も葵。雅やかな花で、成長するとともに青みがかったピンクから紫色に変化していく、大好きなばらです。 長女と同じ、「ひより」というばらは、温もりを感じさせるほのかなピンク色の優しい花。次男は「環(たまき)」。まん丸な花の形から輪を連想し、人との和を結んでいく人間になってほしいという願いをこめて名付けました。名前をつけられるのは、生産者だけの特権ですね。
  • 忘れられないばらの香り

    (S)和ばらを見ると、思わず顔を近づけたくなります。
    (健一さん)ばらには7種類の香り※4があるそうです。例えば、もっともばららしいと言われるのが、高貴で華やかなダマスク・クラシックの香りです。和ばらの代表作である「美咲」もこの系統の香りがします。ほかにも、ティー(紅茶)系の香りや、エキゾチックなミルラの香り、柑橘系のさっぱりとした香りもあります。 僕たちの和ばらは、近くを通るだけでも香りを感じられるほど、香り高いのも特徴です。花と一緒に香りも飾る「かおりかざり」という名前のばらもあるほどです。 ばらの香りは、花の開き具合によっても、刻々と変わっていきますから、お部屋にばらを飾ったときは、1日のうちに何度も香りを確かめてみるといいですよ。

    ※4 さまざまな分類があるが、華やかで甘く、典型的なばららしい「ダマスク・クラシック」、それよりも強く、洗練された「ダマスク・モダン」、アニスに似た甘さとほろ苦さを感じさせる「ミルラ」、クローブのような「スパイシー」、青いばらに多く、個性的な「ブルー」、紅茶葉に似て、ソフトで上品な「ティー」、新鮮な果実のような「フルーティー」の7つに分けられるとされる。

  • (S)これからの、お二人の夢を聞かせてください
    (啓司さん)交配をして新しい品種を作り、たった2cmほどの一番花を咲かせるまで1年間。それを地道にくり返すのが私の仕事です。和ばらという名を大切に、日本人の心をうるおわせるような新しいばらをもっと作りたいですね。そして、そんなばらを次世代にしっかり受け継いでいきたいです。
    (健一さん)もしかしたら、1本のばらを飾ったことで、誰かの人生が変わるかもしれない。そんなシーンを夢見て、一人でも多くの方に和ばらの存在を知ってもらい、実際に触れていただくのが、僕の目標です。そのために、和ばらと触れ合えるオープンガーデンやカフェを作る企画も進めています。土の柔らかさとばらの香りは、実際に触れていただかないと体感できません。人とばらとの幸せな縁を、ひとつずつ大切に結んでゆけたらと思っています。
  • (取材を終えて)
    まるで体温をもっているかのように温かみがあり、生き生きとうれしそうに咲いている。初めて和ばらを見たとき、そんな印象を受けました。 「みんな我が子ですから」といとおしそうにばらのことを語る父・啓司さん。和ばらに新しい可能性を見いだし、「花を通して人の心を揺らしたい」という情熱をもつ息子・健一さん。お二人のお話を聞いて、すっかり和ばらのファンになってしまいました。一人でも多くの人に、この感動が届きますように!
    (インフォメーション)
    和ばらは各種1本から「産地直送便」で購入できます。切り花は、関西を中心とした特別契約店でも販売中。また、一部は苗として「京阪園芸サイト」でも展開しています。栽培の現場を見られる「農園ツアー」も。くわしくはROSE FARM KEIJI(ローズファーム ケイジ)までお問い合わせください。 http://www.rosefarm-keiji.net/
    取材・文:市原淳子  
    写真:中根佑子