• SHIMICOM10月号
    「自然の色を見つける」

    秋の野山は、色彩の宝庫です。 茜色(あかねいろ)、竜胆色(りんどういろ)、柿色(かきいろ)、栗皮色(くりかわいろ)…  秋らしいこれらの色が、実はどれも植物の色であることがお分かりになるでしょう。 昔から、わたしたち日本人は自然の中に色彩を発見し、衣食住の中に取り入れてきました。 植物が持つ色彩を抜き出して、布を染めることもそう。 今月は、古来から受け継がれてきた染め技法「草木染め」※1をご紹介します。 ※1 「草木染め」は作家・染織家の山崎斌(1892—-1972)が命名した名称です。本文では合成染料と区別する意味で、この「草木染め」という表記で統一します。

  • 〔プロフィール〕

    佐藤麻陽(さとう まよお)/染色家
    1979年横浜生まれ。2005年より伊豆大島と横浜を行き来しながら、染色の仕事に携わる。 染料店で仕入れる植物のほかに、季節の野山の生き生きとした植物から抽出した天然の色を、天然の素材に染めることにこだわりを持つ。 その作品はあたたかな風合いがあり、身につける人をやさしく包み込むと好評。 現在は鎌倉に拠点を移し、「草木染め工房くらむぼん」としてワークショップも定期的に開催している。

    草木染め工房くらむぼん
    http://kurrambon.blog.fc2.com

  • 現在、使われている染料の多くは合成染料です。 この合成染料、安価で色持ちが良く何にでも染めやすいために広く普及し、その結果、日本古来の天然の植物※2を使った「草木染め」は、一部の専門家や愛好家だけが受け継ぐ技術となってしまいました。なぜ今、「草木染め」が注目されているのでしょうか?

    ※2 「草木染め」の染料は、草、根、木枝、植物につく虫(コチニール)などを使用します。

    SHIMICOM、以下S 手始めに、「草木染め」について教えてください。
    佐藤さん 「草木染め」とは植物の葉や根、実などから色素を抽出して、布を染める技法です。植物の多くが水溶性といって、色素が水に溶けるため、煮出したり、水に浸すことで色を抽出できます。そのままでは色が溶けてしまうため、天然の金属イオン(ミョウバン等)を使って色を発色・定着させます。
    S いつ頃からあった技法なのですか?
    佐藤さん 草木染めの歴史は古く、三世紀には「魏志倭人伝」の中で「藍染め」(あいぞめ)と、「茜染め」(あかねぞめ)とみられる紅色染めの記述があります。現在の技法は、奈良時代にはすでに確立されていたと考えられており、19世紀に合成染料が生まれるまで、ごくごく当たり前に私たちの傍にあったものです。

  • 草木染めの良さとは

    S 合成染料と「草木染め」、何が違うのでしょうか?
    佐藤さん 実は、私が初めて使ったのは市販の合成染料でした。とても簡単でキレイに染められて便利なものだなと思ったものです。方や「草木染め」は、色が一定しない上に、染めるのに熱したり時間も手間もかかります。また、日光や空気によって褪色したりします。
    S 「草木染め」は安定しない?
    佐藤さん はい。実際、大変なんです。植物は季節によって色が変化しますし、自生する場所の土や水によっても色が変化します。同じ植物でも「こう染めよう!」と思っても、思ってもみない色になってしまうこともあります。先にアクを取ったからいい、ということでもないんですね。何がベストなのか、その瞬間瞬間でジャッジしていかなくてはならないんです。それでも「草木染め」は、色だけではない色が染まる。そこに温かみがあり、人の心に訴えかけてくる優しさがあるように思います。私はそれを雑味と表現しているのですが、雑味があることで奥深い色が現れることもあるんです。

    2枚は同じ染料で染めた布。左は先媒染※3で染めたもの。雑味が少なくて済んだ色。右は中媒染で染めたもの。雑味があるために奥行きのある色。

    ※3 抽出液で染めた生地を、金属イオン(ミョウバンなど)を溶かした液(媒染という)に浸すことで発色・定着させることで染めが出来上がる。先媒染とは、染める先に媒染をすることで、より鮮やかな発色が得られる技法。中媒染は染めた後で媒染する技法。

  • *上から時計回りに  蘇芳(すおう)色:ピンク、赤  インド、マレー半島原産の小高木。部位は幹材のチップを使う。 槐(えんじゅ)色:黄  中国原産の落葉高木。蕾を使う。 桜 色:ピンク、ベージュ  胡桃(くるみ) 色:ミルクティー、茶 西洋茜(せいようあかね) 色:朱  西欧で昔から茜染として使われてきた。根を使う。 インド藍(あい) 色:水色、紫  藍は水に溶けないため発酵させて可溶性にして使う。 枇杷(びわ) 色:サーモンピンク 果樹として渡来したものが自生した。生の葉、小枝を使う。 *真ん中 コチニール 色:赤、紫  コチニールは、ウチワサボテンにつく虫。絵の具や赤インク、食用着色料としても使われる。

  • 「草木染め」についてわかったところで、もう一歩、その魅力についてお聞きします。

    S 佐藤さんが「草木染め」に魅せられたいきさつを教えてください。
    佐藤さん ある時、Tシャツを染めてみようと思い、「せっかく染めるなら天然自然のもので染めたいな」と思って、藍染め体験に行ってみたんです。そこで古い着物の端切れを見せてもらい、日本伝統の色が植物染料で染めた色だと知りました。その後、小学生向けの草木染めのワークショップのお手伝い要員をさせてもらい、緑色の葉っぱや乾燥させた根っこから、ピンクや朱色、黄色や紫など、豊かな色彩が生まれるのを見ました。
    S それは、どんな体験だったんですか?
    佐藤さん 同じ緑色の葉っぱでも、枇杷(ルビ:びわ)だったらワインレッドのような赤みも隠していますし、キク科の植物は深みのある黄色を持っています。イネ科の植物なら鮮やかな黄色など、植物ひとつひとつに色があるということに驚きました。人間と同じで、それぞれに個性があり、特性がある。単に色だけではない、色の向こう側にある生命と物語があることが、草木染めの一番の魅力だと感じました。

    この日、佐藤さんが採取してきたセイタカアワダチソウ。この葉の中に鮮やかな黄色があるというのですが…

  • ここで、実際の「草木染め」を実演していただきます。 秋の草の代表であるセイタカアワダチソウを使います。

    【草木染めの行程】
    • 採取したセイタカアワダチソウを洗って、切りそろえる。
    • 染めたい生地(シルク・14g)の3〜5倍の分量のセイタカアワダチソウ。 あらかじめ生地の繊維に水をしみこませることで、染めムラを防ぐ。
    • セイタカアワダチソウを20分間煮出す。(料理で出汁をとるのと同じ)
    • 煮出した抽出液に、水を絞った生地を浸す。この時に生地が満遍なく染まるように動かす。
    • 余分な色素を水で洗い流したら、シワが寄らないように伸ばす。こうした手間の一つ一つが仕上がりを左右するので手を抜けない。
    • 媒染浴(ミョウバンを溶いた液体)に浸して、発色・定着させる。最後に水で洗いながしたら、シワを伸ばして干す。

  • セイタカアワダチソウで染めたシルクのショール。初秋の風に、鮮やかな黄色が輝いています。

  • 「草木染め」仕上がり見本。植物で染めたとは思えない鮮やかさ。

  • 「草木染め」の魅力は、植物が抱いている色を見つけて、取り出すことに尽きるように感じます。例えば桜は、花びらではなく小枝や枯葉から、あの上品なピンク色が現れます。

    S 事前にどんな色にしようかと、思いながら染めるんですか?
    佐藤さん どんな色にしようかというよりも、どんな植物が手に入るか。桜の剪定枝が手に入れば桜を、月桂樹が手に入れば月桂樹をという具合です。その季節でないとダメだという植物もあります。今の季節でしたらクサギの青い実を採集し始めます。実が熟すのに時期がかかりますから、最初の頃に摘んだ実は冷凍して取っておきます。すると、この季節にしか染められないすばらしい空色が生まれます。
    S 秋の植物は、他にどんなものがありますか?
    佐藤さん コブナグサやセイタカアワダチソウ、ススキも淡い美しい黄色が染められます。よもぎも、こっくりとした深みを帯びてくる季節です。そもそも、植物は人間のために色素を持っているのではなく、植物それぞれの生きる事情によって蓄えているわけですから、採集する時はいつも、「ありがとう」と心の中で声をかけています。

    藍染用の藍を建てるため、青く染まった手。草木染め作家の証だ。

  • 日本文化を語る時に、真っ先にあげられるのが四季の恵みです。 一年を冬至、春分、夏至、秋分と4つに分け、さらに15日づつ細分した二十四節気。 秋は、まさに2週間ごとに、深みを帯びていきます。 草木染めは、そんな季節ごとに日本の色彩の豊かさを教えてくれます。

    {編集後記}
    今回登場してくださった佐藤さんは、大好きな鎌倉に移り住んだことで、「草木染め」とより深く向き合えるようになったと言います。鎌倉の野山で採取した植物で布を染めて、鎌倉の風で乾かす生活は、とっても自然体な彼女自身の生き方と重なるように感じました。
    写真:中根佑子
    取材協力:
    草木染め工房くらむぼん
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