• SHIMICOM 2月号
    「絹糸が織りなす、雅の世界」

    立春を迎え、暦の上では春が始まっています。 かすかな春のきざしを、女性たちの指先に集める加賀ゆびぬき。 ふっくらコロンと丸みを帯びた形に、 色とりどりの絹糸が重なって描かれる幾何学模様。 息を飲むほど美しい加賀ゆびぬきの世界に触れるべく、 古都・金沢を訪ねました。

  • 〔プロフィール〕

    大西由紀子(おおにしゆきこ)/加賀ゆびぬき作家
    石川県金沢市出身。大学進学のため金沢を離れ、札幌で暮らしたことをきっかけに、金沢の手仕事に興味を持ち、祖母と母から加賀ゆびぬきの作り方を学ぶ。2004年東京での個展、TV出演を機に金沢に戻り、加賀ゆびぬきを広める活動を行う。毬屋としての販売・ワークショップの開催などのほか、3年ごとに「加賀ゆびぬき公募展」を開催中。 加賀てまり・加賀ゆびぬきの専門店「加賀てまり毬屋」店長 著書には『絹糸でかがる加賀のゆびぬき』(NHK出版)、『はじめての加賀ゆびぬき』(誠文堂新光社)がある。

    ◎HP http://icestarhotel.com

  • 直径わずか2、3センチに込められた、色の小宇宙。

    裁縫道具の一つ、ゆびぬきといえば、金属や革製の味気ないものと思いがち。 しかし、古都・金沢には驚くほど美しくて艶やかなゆびぬきが残っていました。

    SHIMICOM、以下S 加賀ゆびぬきとは、どのようなものですか。
    大西さん 金沢に古くから伝わるお裁縫道具の一つです。真綿(※1)を中に巻くことで丈夫に作ること、絹糸をジグザグに交差させ緻密に間を埋めていくようにさまざまな幾何学模様を作ること、これが大きな特徴です。
    S 一般的なゆびぬきと比べて、ずいぶん豪華ですね。
    大西さん 金沢は加賀友禅など華やかな仕立物が多い街なのですが、仕立てをする中で余ってしまった残り糸を使って、お裁縫のための道具も作っていたのが加賀ゆびぬきのはじまりと聞いています。裁縫をする女性たちが自分なりに工夫をして、美しいゆびぬきなどの道具を作るというのが、昔は一般的だったそうです。
    S もったいない精神と美しいものを愛する気持ちから生まれたものなのですね。
    大西さん そうだと思います。みんな自分好みのお道具を作っては、針仕事を楽しんでいたのでしょう。
    S 加賀ゆびぬきは、いつ頃からあったのですか。
    大西さん 糸や布物はなかなか現物が残らないので、博物館などにも収蔵されていませんし、はっきりとしたことはわかりませんが、江戸時代の終わり頃にはすでに今の形になっていたのではないかと言われています。金沢の旧家のなかには先人たちが作ったものを大事に保管しておいて、毎年、雛祭りの時には一緒に飾りつける家もあるんですよ。

    (※1)真綿とは蚕が作る繭を引き伸ばして、綿のようにしたもの。

  • 故郷をもっと身近に感じたくて。

    S 加賀ゆびぬき作家になるきっかけは、何だったのでしょうか。
    大西さん 祖母と母は手毬作家なんです。手毬も加賀ゆびぬき同様、伝統工芸の一つで技術的にも、とても似ています。私も幼い頃から祖母がゆびぬきを作る姿をよく見ていました。「次は何色にしたらいいと思う?」なんて聞かれることもあったのですが、当時の私はあまり裁縫に興味がなくて…(笑)。
    S 針仕事を継ぐつもりはなかったんですか。
    大西さん ええ、その頃は、ただただ大変そうな仕事だなぁと。加賀ゆびぬきを改めて作ってみようと思ったのは、大学生の頃でした。札幌の大学に進学して、金沢とはまるで雰囲気の違う町に暮らすうちに、自分の故郷の息づかいを感じられる手作りのものを手元に置きたくなったんです。その時ふと頭をよぎったのが、加賀ゆびぬきでした。
    S 作り方は、どうやって学んだのですか。
    大西さん お正月に帰省した時、祖母や母から作り方の基礎を教わりました。すると、その作業がとても楽しくて「もっと作りたい」という思いが芽生えたんです。当時は札幌と金沢ですから頻繁には会えませんが、加賀ゆびぬきの作り方の本もなかったので、帰省するたびに頼んで教わっていました。時にはFAXで図面を送ってもらって作り方を学んでいきました。
  • さまざまな絹糸が重なり合って、個性的な模様の加賀ゆびぬきが完成する。

  • アレンジ次第で、模様は無限に広がる。

    加賀ゆびぬきの模様には図面があるんですね。
    大西さん これは今は亡き祖母が描いた、大切な図面です。図面の通りに好きな色を紡いで作り上げていけるように細かく描かれています。数百枚もありますが、色の組み合わせを変えれば、さらにさまざまな柄が作れます。
    S 手毬作家だったおばあさま、お母さまのお仕事を、大西さんが受け継がれたんですね。
    大西さん 私自身「まさか」という感じでしたし、母も「針仕事に興味のなかった子が?」と、最初は驚いたと思います。
    S それだけ、加賀ゆびぬきが奥深かったということでしょうか。
    大西さん そうですね。一つずつ模様の描き方を学んでいくうちに、小さなゆびぬきがまったく違う表情を見せてくれる。無限の模様があるというところにどんどん惹かれていったのだと思います。
    S 加賀ゆびぬき作家としてデビューしたのは、いつ頃ですか。
    大西さん 自分で加賀ゆびぬきを作るようになってからは、ホームページを立ち上げて作品をアップしていたんです。それを見て興味をお持ちになられた方が「ぜひ個展を開いてみませんか」と後押ししてくださって、2004年1月、銀座にあるミシンメーカーのショールームで初めて個展を開催することになりました。1週間の開催だったのですが、1000人を超えるお客様が来てくださり、おかげさまで盛況のうちに終わることができました。

    祖母が残してくれた図面は、今でも大西さんの大切な宝物。

    こちらは大西さんが骨董市で見つけたもの。刺繍がかわいい。

  • 金沢に帰って、加賀ゆびぬき作家へ

    S 美しい色彩と模様、加賀ゆびぬきは実に魅力的ですね。
    大西さん ええ。その土地土地にゆびぬきはありますが、加賀ゆびぬきは特に華やかですから。個展でも「こんなにかわいいゆびぬきがあるとは知らなかった」「ぜひ作ってみたい」と、たくさんの方に声をかけていただきます。正直、ここまで興味を持っていただけるとは思ってもみませんでしたし、祖母や母から習った加賀ゆびぬきがこんな形で広がっていくことがとても意外で、私自身うれしい驚きを感じています。
    S あまりに身近かすぎて、その魅力に気づけなかったということなのかもしれませんね。
    大西さん そう思います。当時、ゆびぬきは誰もが各家庭で作るものなんだと思っていましたから。でも、私が作り始めた頃は、伝統は途絶えかけて忘れられようとしていました。
    S その後、作家としての活動が始まっていったのですね。
    大西さん 個展を開いた当初は、まだ札幌で仕事をしていましたが、個展を機に、テレビ局や出版社の方から声をかけていただく機会が増えていきました。しばらくして、せっかく加賀ゆびぬき作家になるのなら地元・金沢で教室を開きたいという思いが芽生え、主人にそのことを伝えると「金沢だったら僕も住んでみたいからいいよ」と快諾してくれました。
  • 〔加賀ゆびぬきの作りかた〕

    加賀ゆびぬき作家の大西由紀子さんに、基本的な加賀ゆびぬきの作り方を教えていただきました。今回は「6色うろこ」を例にご紹介しています。

    材料
    a.絹手縫糸
    b.木の棒(指の太さのもの)
    c.バイアステープ(土台用)
    d.厚紙(土台用)
    e.和紙(縫い位置の印をつけるためのもの)
    f.真綿

    指の太さの棒に、土台となるバイアステープを巻きつけます。

    その上に厚紙を巻き、バイアステープで包み込み、千鳥掛けで縫います。

    千鳥掛けしたもの。 こちらが加賀ゆびぬきの土台となります。

    その上から真綿を厚く巻いたら、縫い取り位置を記した和紙を巻きます。この時に縫い始めの点(赤い印)と、縫う方向(矢印)を書いておくと作業中に迷いません。

    絹糸を印に合わせてジグザグに縫っていきます。 一巡したら糸の色を変えて、これを繰り返します。

    隙間をぴったりと埋めれば完成です。慣れた人の指で、およそ4〜5時間ほど。

  • 手毬作家の母とともに店を切り盛りしながら、加賀ゆびぬき作家として活動している大西さん。加賀ゆびぬき教室では、どんなお稽古が行われているのでしょう。 。

    S 現在は大西さんオリジナルのデザインも多くありますよね。
    大西さん はい。教室で教えているものに番号をつけて保管しているのですが、それだけでも200を超える数になっています。そこからさらにアレンジを加えることで数はもっと膨大になっていきますので、正確に何点とは言えません。
    S 作り方のレクチャーは、どのように行われているのですか。
    大西さん まず、基本の作り方を学んでいただき、そこから徐々に難易度をあげていきます。糸の色は個々にお好きなものを選んでいただきますので、かわいい色づかいがお好きな方もいれば、シックな色がお好みの方もいらっしゃいます。
    S どんな柄が人気なのでしょうか。
    大西さん 教室では生徒さんの好みによって分かれますので、一口には言えませんが、お店にいらっしゃるお客様に人気なのは、古典的な柄で色彩豊かなものですね。伝統柄に金沢らしさを感じられるのではないでしょうか。最近では加賀ゆびぬきの認知度もあがってきましたので、東京でも目にする機会はあると思いますが、やはり「金沢で見てみたかった」と、わざわざ足を運んでくださる方もたくさんいらっしゃいます。

    加賀ぬびぬき作り用のセット例。自分で工夫して、使いやすい道具を収めたい。

  • 時が経つのも忘れて、加賀ゆびぬきと向き合うひととき。

    S 作品製作をする上で、どんな点に気を配っていますか。
    大西さん これは祖母の口癖だったのですが、何よりも「楽しんで作ること」、これに尽きると思います。もちろんきれいに作ることも喜びにつながりますが、一つ作り上げるのに標準で4〜5時間、手の込んだものですと10時間かかることもある細かい作業ですので、やはり楽しくないと続けられないと思うんです。私自身、祖母や母から楽しみながら作ることを教えてもらったから、今があるのだと思っています。
    S 加賀ゆびぬきには、本来のゆびぬきとしての使い方以外にどんな楽しみ方があるのでしょうか。
    大西さん 加賀ゆびぬきを求めていらっしゃる方のほとんどはコレクターの方です。アクセサリーに使いたい人が多いです。スカーフリングやペンダントなどファッション小物として思い思いに楽しんでいらっしゃいます。また、コレクターの方も多いです。ヨーロッパではゆびぬきのことを「シンブル(Thimbles)」と呼び、たくさんのコレクターがいらっしゃいますし、身近なものでバリエーションが多いゆびぬきは、コレクションしやすいのだと思います。
    S 加賀ゆびぬきの世界は、まだまだ広がりそうですね。
    大西さん そうですね。これからも、もっと多くの方に加賀ゆびぬきを楽しんでもらえるような活動を私も続けていきたいと思っています。

    ヨーロッパのゆびぬきは。中指にかぶせて使う釣鐘型が主流。 観賞用として陶器やスチール製のものがコレクターズ・アイテムとなっている。

  • {編集後記}
    加賀友禅の余り糸から生まれた、小さな小さな伝統工芸品。絹糸をまとったゆびぬきは、どれも芸術品と呼ぶにふさわしい美しさでした。ひと針ひと針、糸を掛け合わせて作られる模様は、古典柄からポップでユニークなものまでさまざま。アクセサリーとしても活用できる加賀ゆびぬきは、古の時代と現代をつないでくれているようにも思えます。ハンドメイド好きならずとも、ついついコレクションしたくなる不思議な魅力を放つ加賀ゆびぬき、今度はぜひ自分で作ってみたいと思います。
    (書籍紹介)
    加賀ゆびぬき作家の大西さんが、初心者向けに懇切丁寧につくり方を解説している本です。お近くの書店でお手にとってご覧ください。
    著書:
    はじめての加賀ゆびぬき:一本の糸から生まれる美しい模様135点
    著者:
    大西由紀子
    出版社:
    誠文堂新光社
    価格:
    本体1800円+税

    取材協力:加賀てまり 毬屋
    文:久武 むく
    撮影:中根 佑子